想像置場

日々想像

予報は予報。自力で予測するしかないのか。

先週末から悪天候続き。週明けには気温もグッと下がり、体が冷える・・・。

 

先日神戸に行ってきたのですが、午後は降水確率0%と気象庁の発表があったにも関わらず夕方に少し強い雨が降りました。

予報は予報だなと最近改めて思うわけですが、小学生の頃は1週間先の天気までほぼ確実に当たっていた記憶がするわけで。10年以上経って当時よりも予測精度は上がっているはずなのに、それ以上に気象が当時よりも複雑といいますか、これまでの予測では十分に捉え切れないのかなと感じます。

 

しかし、とにかくお天気情報を伝える人が多いこと。気象予報士が表に立って伝えるのはまだ理解ができますが、名も知らぬタレントが天気予報を伝える姿は見ていて「んん・・・?」となります。まあ仕事に疲れたオジ様の保養要員なのかな?ただでさえ予報を平然と外す気象予報士が多いのだから、人が余計に増えるとますますテレビが伝える気象予報に対する信頼は薄くなってしまいます。

 

天気予報の精度を少しでも高めるためには、結局は現状自身の経験則が軸になってくるなと感じるのが最近です。気象庁の雨雲レーダー見ても1時間後の予想とか今じゃまともに当たらない。「おそらくこれはこうなるだろうな」と自身でこれまで経験した気象状況(特に気象庁の外し具合を踏まえて)から独自感覚で予測していくことが当分は必要な気がします。

空白期間への気がかり。

採用担当者と面接をしていると、必ず聞かれるのが「離職期間の長さ」。

「離職されてから随分と期間がありますが、この間は何をされていたのですか?」と

必ずといっていいほど聞かれます。

 

私の場合は早10ヶ月ほどの空白期間が存在しているので、

世間で耳にする「3ヶ月以内が有利」ゾーンからは外れています。

 

先日も面接で人柄、ポテンシャルの高さには大いに期待アリと評価を頂いた一方で、

離職期間の長さとその間にしていたことに対する納得感が今一つ得られないとのことで

採用への判断を渋られることがありました。

 

人柄、ポテンシャルがあると言いながら、空白期間に対する根拠を理由にマイナスの考えを持つ。これは非常に勿体ないことだと思います。期待感が持てたのであれば前向きに採用を検討したら良いのです。特に未経験でもOKとして求人かけているのならば。

 

確かに「離職期間が長い=働く意欲が無い」というイメージを持たれがちですが、

なぜ期間が空く=やる気なしと見なすのかが理解しがたいところ。

 

スポーツ選手のように「充電期間」と話をした所で「その年齢でそれはどうよ」といった反応をされるのは不快な気分になります。まだまだ企業の「人材を活かすための戦略・戦術」には時代遅れ感が否めない面があると強く感じます。

 

とりあえず働け。これが無職かつ離職期間の長い人に対して多くの方がかけてくる言葉だと思います。が、この「とりあえず」を決めるのは本人です。長くなった理由は個人の怠慢のみならず、市場にも原因があることを企業側は考えてみる必要があると思っています。

 

歳を重ねて。

時間というものはすぐに過ぎていきますね。

本や英語のリスニングデータがあっという間に積み重なっていくと同様に、

ここの更新もあっという間に期間が開いてしまっていました。

 

そしてこの開き期間中に誕生日を迎えました。25歳になりました。

 

24歳はどんな1年だったのかを一瞬振り返ると、

「気持ちが折れた」1年でした。

 

仕事を辞めた2016年12月のこと。

この会社、上司の意識の下ではやってられないとばっくれサラリーマン人生1度下車。そこから自身のこれまでについて、見つめ直してみました。

そして自分がどれだけ見栄を張って生きてきたのか、よく見られていたいかということばかりに気を取られていたことに気が付きました。

 

そこからどうやって素の自分をさらけ出して生きていくか、今も試行錯誤の日々。

大したスキルも無いし、あるとしたら、これから羽ばたいていこうと努力している人の後押しに関わっていくという意志くらい。

 

口先人間、否定ばかり、評論家気取りで社会に対して文句ばかり言ってきていた自分。

今も「これはおかしいんじゃないか」と思う事には正直に異を唱えますが、肝心の「行動力」が乏しい以上、いつまでも解決に関してはスキルを持った他者任せにしてしまっているように感じています。

なので、今年の課題は「つべこべ言う前に動いてみる」癖を付けること。まずやってみる。疑問に思ったことに対して、空想の世界で云々決めつけずに、実際に動いて目の当たりにする。それを意識して活動してみたいと思います。

 

そういえば周囲の目を気にして動けなくなったのは、人前で学校の先生にちょっとしたことでネチネチ言われてから。そろそろいい歳なので払拭していかないと。

NOが言える雰囲気作りを。

今回も殴り書き。

 

個人的な想いとしては、「理念なき企業は潰れてもらいたい」です。

ただ金を稼ぎたいのであれば、1人でやって事あるごとにどこかのプロジェクトに入れてもらったら良いと思います。人を雇うのであれば、その「稼ぎたい理由」に変化を加えなければならない。人を雇った時点で利他の精神がなければその企業は異様な伸びを見せたとしても、芯はスッカラカンという状態になってしまうでしょう。

 

常に「我々は社会に対しどのような社会問題解決策を提示していくか」。その想いがあるかどうかが、社会に残り繫栄し続ける企業になるかどうかの違いになるのではないかと思っています。

 

世に言うブラック企業と言うのは、単に労働時間が長く1人当たりの作業量が異常に多いことで結果体調を崩し、鬱や自殺にさせるような存在であるように思いますが、結局は利己的な精神を持つ経営者が運営する組織は自ずとブラックへと傾いていくのだと考えています。

ビジネスは社会問題の解決を図る手段の1つ。企業は「あの問題を解決したい」と思っていてもそれができる能力を持たない人の代わりにその問題へ取り組んでくれたり、「これは何とかして解決しないと」という利他精神を持った人が立ち上げる存在。そこに賛同して投資をするのが株主や投資家、従業員のはず。

 

単に「この業界は儲かるから」として利己意識のままでいる企業は早々に市場から退場していただきたい。そのためにも今そのような場所で仕事をしている人はさっさと退職をしてほしいし、求職者も「ここは駄目だ」と応募を避けるようにしないといけない。

人材紹介を生業としている企業はそのことも考えて売上ノルマのためではなく個々人に焦点をあてて求人確保をするよう意識しないと、徐々に利用者が減っていくのではないかと思います。

何より政府は「総活躍社会」という前にまず労働基準法を守れていない企業は徹底して排除させ、劣悪な環境に身を置いていた人が少しでもマシな環境へと移れるよう、退職における不安を払しょくさせるためのセーフティーネットやバックサポートの充実を図らせることが先だと考えています。

 

僕は現在無職ですが、何も働きたくないわけではありません。今でも常に求人サイトを舐めまわすように見て応募したいところは応募しています。

ただ、働きたくても正直「ここで働きたい」と思える企業がありません。個人的に拘っている部分があるのだろうとは自覚していますが、求職側から企業に対してNOが言える雰囲気は必要なはずです。「働いていない奴が文句言うな」とすぐさま反論が来るとは思っていますが、いつまでもそのような返ししかできていないから今これだけ労働に関する話題が盛り上がってきたのではないかとも思っています。

店員さんを想う。

先日、大学の後輩たちと焼肉を食べに行った時のこと。

店員さんにお肉の注文をしている僕の姿を見て後輩が一言、

「わざわざ店員にメニュー見せながら注文するんですね」と言いました。

 

確かに普段から飲食店で注文する時はメニューを店員さん側に見せて、注文したい商品を指しながら注文しています。そして注文の確認時もちゃんと店員さんの方を見て、合っていたら顔を見て「お願いします」と言っています。

なのでそう言われた時は一瞬「ん?変かな?」と思いました。後輩からすると珍しい光景だったみたいです。

 

僕は基本、お店の人に対して勘定後に「ごちそうさまでした」と言いますし、商品を持って来てもらった時や下げてもらう時も「ありがとうございます」と言います。

 

「こっちはお金を払ってるんだぞ」という理由をかざして横柄な態度を取る人もいますが、お金を払う以前に相手は「払う側の要求に応えてくれて」います。自分の欲を満たしてくれる人になぜ偉そうな態度を取るのでしょうか?

 

僕自身も学生時代に某チェーンカフェ店でアルバイトをしていたので、どんなお客さんが来てくれたら嬉しいか、腹が立つか等は経験しています。逆に、どんな接客をしたらお客さんは喜ぶか、腹を立ててしまうかも経験しました。

 

双方お金が絡んでいることではありますが、対応してもらえた以上は「今日のあのお客さん、良かったなあ」と店員さん側にもホッコリした一時を与えられたらと常に思うのでした。

お金にも期限があったら?

フリーターとして生きていると、

・派遣やアルバイトといった労働

・メルカリへの所持物出展

クラウドソーシングで案件受注

・投資

 

などなどの行為を通じてお金を得ないと、生活が徐々に苦しくなっていきます。

ただ座していてもお金がやってこない。自ら動かないと得られないのは

何年何百年経ってもなかなか変わりませんね。

生活保護という手段もありますが、

受給者が高確率で「社会のクズ」扱いされるのは世知辛いなと思います。

だいたい取り上げられる受給者のケースがアレだったりすることが理由なので、

マスコミによる印象操作半分、リアル暴き半分といったところでしょうか。

 

個人的には納税分の費用と、

こうしてブログを書くために使っているスマホやPCの通信費代さえ払えたら

幾分と負担は減ると考えています。

まあ最近は行政と市民の関係性についてあれこれ妄想膨らますこともあるわけですが。

 

さて、世間的に(最近はあまり聞かないかな?)BIの存在がチラホラ出ていますね。

ベーシック・インカム。条件無で一定の金額が行政から配られる制度です(確か)。

 

この取組、個人的には賛成です。

これができないというのなら、何かしらの税金を免税にしてほしいです。

 

勿論1人に給付できる額はそれほど高くできないと思っています。

どこから財源を確保するねんという話がまず真っ先に出ますからね。

ちなみに「無条件で与えたらだらける奴が出る」とも言われますが、

与える額はあくまで「助走路」的な量であることがポイントだと思います。

 

これは調査が必要になりますが、

「この額じゃあかん、もっとお金が欲しい」という動機を与えるラインを

探ることができればクリアできるかと(結構ザックリとした感覚)。

動機が犯罪に走らず、労働へ向かうための修正になることがベストです。

 

じゃあもう一つの「財源どないすんねん?」という話ですが、

これは「お金に使用期限を設ける」ことで何とかすることはできないかなと。

 

うろ覚えですが、『エンデの遺言』という書物で過去、

「老化するお金」なる考えを導入した地域があったそうで、

溜め込んでいても徐々に価値を無くしていくという貨幣を何とか流通させて、

経済の活性化を図ったとのこと。

 

結果としては成功とされており、お金にも「価値の減少」という概念を

取り込んだこの実験は個人的にインパクトのあるものでしたが、

この取組は後に国から禁じられてしまいました。

 

なので個人的にベーシック・インカムの実現可能論を考えると、

この「老化するお金」案の導入も一つアリなのではないかと。

経済を活性化させ、1つでも多くの家庭が生活の質を確保できるようになるには

お金を回すことが必要になってきます。

 

以下、かなりザックリとした流しになりますが、

 

お金に期限がある→期限が切れて使い物にならなくなるのは勿体ない→何とかそれまでに使わないといけない→消費に走る→商品(サービス)が売れる→売り手の収入増に繋がる→労働者の給料が上がる→新たな消費を検討する→経済が回る

 

※労働者の給料が上がるという部分は経営者の性格によりけりなところがあります。

 

理想としては行政にお金が集まってそれが市民に再分配されることなのですが、

ちょっとこの時間はもう頭が回っていないので流れが浮かびません(ごめんなさい)。

が、イメージとしては

個人→企業→行政→個人→・・・という流れ。

消費者から得たお金を企業が行政に納め、集まった分をインフラ整備なり

バラマキにあてる。インフラ整備した企業に支払われたお金は

また納税で戻ってきたり労働者に還元されて個人消費の促進剤へとさせる。

 

ただ、経済を回す策の一つとして「お金に老化現象を持たせる」のは面白いかと。

 

「んなの現実できねえよ」と言われる気しかしませんが、

ここは想像ごとをツラツラ述べていく場所なのでご容赦ください。

頭のスイッチが切れたので中途半端ですがこの辺でおしまい。

(仮題)常識を見直そう。

自分のなかで「こんな世界だったらどうだろうか」と考えることは

皆さんよくあると思います。

 

ここは基本的に僕がふと思ったことを備忘録程度に

ダラダラと書いているだけの場所ですが(話の流れも関係なく)、

ただ、ここに書いたことが誰かの同意、動機付け、励ましにでもなったら良いなと。

時々そう感じています。

 

そんな自分が今常に考えていることは、人生の進み方。

 

大半の人は

「幼稚園→小学校→中学校→公立高校→私立大学→就職→定年まで働き詰め」

という流れを歩むかと思います。

公立・私立の区分は私の周りを見ての例なので、気にする必要はありません。

 

で、個人的に「世間一般での感覚」と思われているであろう

「高校→大学→就職」のラインからもう少し常識感が取っ払えたらと考えています。

そんなこと言う僕も上記ラインに乗っかって大学へ入り、就職をしたのですが(汗)

 

今、人手不足が騒がれています。

正直「どういう類の」人手が足りていないのかが企業ごとに異なるでしょうから、

一概に「おお、そうか」と頷くのには「待った」がかかります。

 

その人手不足の解消において、

・絶対に大卒でないと駄目なのか?

・後継者の育成において応募者の年齢を制限する必要はあるのか?

・社会における自社の存在(立ち位置)はどうなのか?

・そもそも本当に人の手が足りないほどの業務量なのか?

・そして人の手にやらせる必要のある業務なのか(機械化の検討はできないか)?

 

などなど色々浮かびます。

個人が人生(キャリア)を歩むうえで最も接触頻度の大きい存在である労働ですが、

労働環境についてのツッコミどころは本当に多いなと思う今日この頃です。

 

タイピングしている間に頭の中にあったアイデアが吹き飛んでしまったので、

一旦この辺で保留。