想像置場

日々想像

誰を見ているか。

某有名企業の転職サイトを複数利用して求人を見ていますが、

なぜこうも「面白そう!やってみたい!」と思える仕事が無ければ

それを伝えてくる表現にも出会えないのでしょうか。

 

求人内容はザックリと

・企業名

・職務内容

・勤務地

・給料

 

その他諸々と、1枚の画像が掲載されています。

どうもその「1枚の画像」が魅力を削いでしまっているように思ってしまうのです。

 

扉絵的なものと言うのでしょうか。

大体見かける作りとしては

 

・社内入口で社員が整列している(そして笑顔)

・イケてる系社員が腕組みドヤ顔して立っている

・派手な色使いと誘惑性のあるメッセージを訴えている

・オフィスで上司と部下らしき2人がPCに向かっている

・社員旅行や全体集合の写真を使っている

 

などなど。

とにかくあらゆる表現を通じて自社の存在をアピールされています。

 

けれども個人的に知りたいことは何かというと、

「社会に対して何をしていく存在なのか」ということ。

要は「貴社の経営理念は何か」を知りたいわけです。あくまで僕の場合は。

 

いつの時代も組織の発展には「共感」が存在していたと思います。

そして人出不足が謳われる現代において、

人を集めるためには共感という存在の必要性が増しているはずだと考えています。

 

転職する人が前職よりも良い環境を求めているのは確かです。

だから福利厚生の良さや仕事のやりがいを訴えている企業が多いのは分かります。

 

ただ、それらを判断する前提として、「この会社は何を目指している」のか。

ここが明確でないと、そして求職者がそこに共感できないと、

いくら待遇を良くしたところで人は集まっても優秀な人が来るとは限りません。

 

企業が新たな人材を求める理由は、

組織の成長に貢献してくれる優秀な人と出会い、力を貸してもらうことのはずです。

 

だとしたら、ただ福利厚生を謳っただけの広告に果たして良い人材は来るのか。

 

駒として確保したければ別ですが、

広告を出す以上、ターゲットは誰なのかをもっと明確にしてから

出さないと、金の無駄遣いになっている企業求人が本当に多いと感じました。

どうやって社会に当てはめるか。

自分は何をしたいのか。

これからどうしていきたいのか。

そもそも自分の存在とは。

 

こうしたことを最近よく考えます。将来に目を向ける。自身の過去を見つめる。

過去の経験を遡ることは、己が歩んだ道だけでなく、己が外した道にも気づく機会。

そして遡るための道標として自己分析がその手助けをしてくれます。

 

巷で噂のMBTI診断(16Personalities)を退職後に3度、暇つぶしに受けてみてました。

1回目が確か昨年の秋頃、2回目は今年5月、そして3回目は昨日です。

 

結果は、

1回目:INFJ-A(提唱者タイプ)

2回目:INFJ-T(提唱者タイプ)

3回目:ENFJ-T(主人公タイプ)

 

要は自身の想いを言葉にし、発信することで人や世の中に影響を与える存在です。

イメージとして浮かぶのは、政治家とか金八先生とかでしょうか。

 

詳細は長くなるので割愛しますが、

適職として、「人の可能性を開花させる仕事に魅力を感じる」そう。

結構ざっくりとした表現ですが、正にその通りだと思っています。

 

求人もその手の職を中心に応募していますが、何よりそもそもの数が少ない。

そして根本的な問題、大半の求人から面白そうな匂いが感じ取れない。

 

正直金儲けにはほとんど関心が無く、秒速何億円とかも興味が湧きません。

 

常に「どうすれば今より良い社会が作れるか」「1人1人が活き活きできるか」

そんなことばかり考えてイメージや現実における改善案の創造に耽っています。

ただ社会の健全な成長と、個々人の成長可能性について考え続けています。

 

こんな想像(時に妄想)先行型の僕が活躍できるフィールドは果たしてどこか。

既存の業界、既存の企業にその舞台はあるのか。

無かったら用意・設置の検討はできるのか。

できなかったらどうするのか。

適性を無視してお金のためにただ身体を動かすことにするのか。

 

周囲からの声はいずれも「現実を見ろ」の一言。

もちろん、僕もただ周囲に迷惑をかけたくてやっている訳ではありません。

ただ、追い続けないと駄目なんじゃないかという確証の無い気持ちがあります。

だから「今はこうした時期なんだ」と言い聞かせ、探し続けています。

 

この性格が活かせる環境は果たして何処に。

 

約束は守ろう。

随分とご無沙汰をしておりました汗

 

思ったことはTwitterやNewsPicksの方でさらっと発信してしまうので、

なかなかこちらの方で書くことがありません。

しかしブログの方は短文より長文。

ある日突然「あ、何か書きたい」と思った時に更新するくらいが良いかもしれません。

 

さて、変わらず職探しをしている訳ですが、

やはりなかなか内定を頂けません。

というのも、「オラわくわくすっぞ」となる職が無いので志望動機も月並み・・・。

これは致命的です。

『無けりゃ作ればいいじゃない』と答える人が増えている世の中ですが、

はてどうした方面でやっていこうか。

 

個人の武器として思考想像力と人を惹きつける言葉力があると思っていますが、

さてそれをどう活かすか。

司会者?講師?評論家?アーティスト?

おそらく既存のお堅い領域にクリエイティブな案を放り投げるのが得意なのかなあ。

虚言癖だ何だと言われようが、現実を見て思ったことは発信していきたいですね。

 

今回のタイトル「約束は守ろう」とは何ぞやですが、

先日受けた企業の面接で、担当の方が

「○○日までには合否に関わらずご連絡します」と仰いました。

そしてその日を過ぎても連絡が来ることはありませんでした。

「合否に関わらず」と言っている以上、言った日までには必ず連絡が来るだろうと。

応募した側はそう思い込んでいます。

なので実際に来なかった場合は「あ、不採用だったか」と自分の中で理解しつつも、

「なんで約束守らないかねえ」という不信が生まれます。

 

そしてそれも1社だけではありません。既に数社から同じ扱いを受けています。

中には代表取締役社長が直々に仰られた所もあります。

代表が自らの発言を破るような行為をしている組織に魅力を感じるでしょうか?

何とも言えない気分です。

 

私には採用担当として業務に従事した経験はありませんが、

前職は組織人事に関わる企業だった分、人を扱うことについては比較的敏感です。

採用活動は企業の経営における重要な戦略の1つ。

ここを疎かにし、作業化している企業は気を付けた方が良いかと思います。

勿論名前を挙げることはありませんが、こうした声が一瞬で広まるのが現代社会。

他の仕事もあって忙しいのは重々理解していますが、

やはり本人の前で約束した以上、それは守って欲しいなと思いました。

お金に困る理由。

無職状態でいると、クラウドソーシングで多少のお小遣いを稼ぐことはできても通信費、国民年金といった毎月支払わないといけないものへの対処が困難になってきます(自分は現在実家暮らしなので家賃は0円)。

 

もしこれら月払いのものがお金以外のものでも出来るようになったら人々はどうなるのだろうと考える日々です。

 

お金というのはあくまで価値の代替物であり、それ自体にさして価値はありません。信頼や価値と言った目に見えないものを、数字という目に見えるものに置き換えたのがお金。

 

とすると「毎月これだけ納めてくださいね~」という税金に対しても何らかの信頼や価値が明確に見えていないといけない。これが不明瞭だから人々は納税に対して悲観的・消極的になるのだと思います。

 

街中やSNSで「今月金欠でさ~」と呟く人がいますが、その金欠は容易にクリアできると思う。人脈と資源があれば。お金を使わなくても解決できる術はある。

 

けれども税金についてはお金以外でクリアできる要素が現状思い当たらない。とすると、納税の方法にお金以外の要素が存在するようになればお金に困る理由が減るのではないか?そんな暴論が頭の中でグルグルしています。

 

繰り返しになるが、お金というのは価値や信頼を目に見える形にし、その代替物として存在している。「お金の商品化」が僕たちを「お金欲しい症候群」へ陥れているのではなかろうか。そこから抜け出せるか、抜け出そうとする意思が持てるかどうか。お金に困る理由を解決する一つはそこにあると思いました。

発信術は多いほど良いのか?

ブログというのは本当意識的に継続して取り組まないと駄目ですね。前回からあっという間に2週間ほど経過してしまっている・・・汗

 

ここ以外にもあれこれ発信をしている場所はありまして、有名どころだとTwitterFacebook。最近始めたのはInstagram。そして経済の勉強にとNewsPicksでもコメント打ってます。

 

5つも自分を表現する場所をネット上に持っていると、結局はどれかに絞られていくんだなあと感じました。最初は「Twitterではこう発信して、Facebookではこうアピールして」と使い分けていましたが、現在は

 

Twitter→日常のあれこれ。自分の考え発信

Instagram→これまでTwitterFacebookで挙げていた画像をここで統一

NewsPicks→ニュースに対する自分の考え発信、他者コメントを通じた学習

 

こんな感じになっています。Facebookに投稿することはほとんどなくなりました。今では電子名刺みたいな存在になっています。Twitterも学生時代と比べて随分とツイートすることが減りました。

 

なぜFacebookTwitterの利用頻度が下がったのか。単純に「他者からの反応が無くなってきた」からです。Instagramは画像投稿がメインなのでTwitterよりも他者からのリアクションが引っかかりやすい。

また、NewsPicksも自身の考えが他ユーザーの役に立ったらLikeが付きます。Twitterほどのバズり感はありませんが、有名人からLikeを貰えた時の高揚感はTwitterでの万RTより気持ちが良いと思います。

 

自分がなんでこうも発信先を持っているのかと考えると、

1つは自分の意見や考えを外へ発信したい。もう1つは他者からの承認を得たい。

 

始めた当初は後者の想いが強くありました。今は前者メインでSNSを彷徨っています。

正直承認欲求したければいいね!が貰いやすいTwitterFacebookに閉じこもっていても良かったと思います。彼らに対して無難なリア充感をアピールすればいいだけで。

 

と色々考えましたが、結局ネットを使っている以上はどんなに表現を変えても「要は承認欲を満たすことに奔走している」ことに変わりはないんじゃないかなと思います。

就活していてふと感じたこと。

まだまだ就職活動中の身にある中で、これは新卒時にも感じたことではありますが、1次面接が人事担当者だった時は高確率で落ちます。ちなみに部長クラスでも落ちます。通るのは代表と面談した時ぐらいです。あと可能性があるとすれば代表以外の創業メンバー。

 

これは個人的な感想ですが、やはり経営者と従業者では採る目的が異なるからだと思います。経営者は自組織の発展を常に考えています(おそらく)。その上でどういった人材が必要なのか、また、自分の所だけでなく社会で活躍する人材も輩出していこうと考えているのであれば人材の目利きにより力を入れます。何より、最終判断をする身であるために上司の目を気にしてなんて行為をすることもない。

対して従業者が臨む採用活動とは、まず第一に「今年は何人採用する」というノルマが存在します。本当に今の自組織に必要な人材は?といった具体化をしたとしても、数の確保と自身の評価を気にするがために、無意識の内に無難な人を採ろうとしてしまうのではないでしょうか。もちろん高スキルを持つ人材を手にしたい気持ちはあるでしょうが、自組織に自信が持てず「他へ行ってしまうのではないか」と懸念してしまうと結局は他所へ行かなさそうな無難人材で数を埋めようとしてしまいます。

 

まるで自分が高スキルを持った人間であるかのような物言いになりましたが、決してそうではありません。僕よりも高スキルを持った人はたっくさんいらっしゃいます。

 

人事が取り組む仕事は多岐に渡りますが、採用に関してはなるべく代表がまず顔を出して求職者とコミュニケーションを取ることが重要であると思います。「1次:代表→2次:部門責任者→最終:人事」といったトップダウン式が採用においてのミスマッチや取り逃がし防止になる気がするのは僕だけでしょうか?

連日の猛暑にウンザリしています。

明日の大阪、最高気温が36度とは正気か・・・?汗

 

日中(大体お昼明け)に外へ出るとその日差しのキツさに汗が止まらず体力を奪われ最寄り駅へ着くや溢れ出す汗。肌にへばりつく衣類。不快感が上がっていきます。

 

外を歩くと時期が時期なもので就活生が律儀にリクルートスーツを羽織って活動に勤しんでいます。僕も再就職人間で同類なのでその苦しさは分かります。

 

観察した就活生の数が少ないので一概には断定できませんが、誰も見ていない暑い道でもスーツジャケットを脱がずに歩いている就活生、男性の方が割合多いような気がします。女性はカバンにジャケットを入れてブラウス姿で歩いているのを見かける気がしますね(あくまで「気がする」)。

 

何も「人事が見ていなくとも外を歩く時はピリッとした正装を崩すな」なんて一昔の考えは持っていないので怒る気もないのですが、一瞬目につくということはまだ自分の中でそうした概念が存在しているんだなと感じました。

 

ネクタイしめなくてもそれと同様の意を示すアイテムが出来れば首元開けれて少し涼しくできるのになあと思う所です。