想像置場

日々想像

上に就く者の質。

組織というのは極論「トップ」と「トップ以外」の2つしかありません。

部課ごとに同様の区切りは存在していますが、大枠で見ると社長と社長以外の2つ。

雇う側と雇われる側。求人においては採用担当者が雇う側で、応募者が雇われる側ですが、採用担当者も実際は雇われている側であることを自覚しているかどうか。雇われている以上、組織のトップが考えていることを認識し、コミュニケーションを取って概念化させていく。人手不足だ優秀な人材が見つからないだと嘆く採用担当者は経営者とのコミュニケーションを密にしていかなければ(経営戦略に積極的に関わっていかなければ)組織を発展させていくことはできません。

 

となると結局は経営者(社長)の思考が組織の成長において大きな要素を占めます。

経営者にはまず大志が必要です。自身の中で思う事があり、それを実現させ成し遂げることができれば世の中がこうなる。だからやらなければいけないという想い、志がなければ行動力や推進力は生まれません。「これをすれば儲けることができる」を念頭に活動する人は組織を組まずに個人で活動した方が良いでしょう。自身の欲求を満たすことに他人を巻き込んで良いのか、巻き込むべきなのかをしっかり考えなければなりません。

 

人を巻き込む必要があると判断した場合は、自身の活動をサポートしてくれる人を確保しなければなりません。これが世間的に言う「雇用」となります。雇用される側は自身の時間とスキルを組織の長に捧げることとなります。そのため長は時間とスキルを頂く代わりにそれと同等となりうる条件を渡します。これが労働時間なり給料なりにあたります。「僕のこれを手伝ってほしいから、この時間からこの時間まで、この金額でやってくれないか?」となります。これは正社員、契約社員、パート・アルバイトと雇用形態に関わらず雇う側が丁寧にお願いしなければならないことです。ここで「うちの会社は○○して当たり前」なぞのたまう経営者の下には残念ながら人が集まりません。

 

ここまでざっくり適当に話をしてきましたが、世間的に残業100時間だとか月給10万ちょっとだとか、月給については個人のスキルの問題もありますが、労働時間に関しては経営者の甘えでしかありません。基本は求人票に掲載した労働時間内だけで活動してもらうことを前提にした経営状況を生み出す努力をしなければならない。

「俺らの頃はこうだった」と説教をかます上司はマネジメントの立場に置いて良い人材ではありません。1日の活動時間以内にやることをしっかりやりきれるスケジュールを立てさせ、支援することができるのが良いマネジメント人材です。

 

組織を回していく中で、最終的な責任は全て社長にあります。にも関わらずトラブルが発生した際、副社長や別の管理職に謝罪をさせたり、自身が理由ではないと否定するトップは早々に組織の長から降りなければならない。

私は一度も会社の長になったことがないので背負う責任やストレスがどれほどのものなのか分かりません。しかし、社長の想いや会社の歴史に共感して本来自由に使える時間をそこに提供してくれている人がいるのは事実。雇われている側のことを考えながら社会に対して何をしていかなければならないか、しっかりと内を見てから外にも目を向けることが大事だと思います。先導者としての意識を持ったトップが果たしてサラリーマン社長の中から生まれるのか、そして先代までの奢りを払拭できる人材を上にあげることができるかどうか。

まずは雇う側と雇われる側の関係について、雇う側の奢りを少しでも潰していくことが成長の妨げを掃う一手立てになるのではないかと思います。